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鱗燦堂
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2018年12月01日 [鱗燦堂]

人に酔い、景色に酔う(2)

<遠い日の追憶2>
■1972(昭和47)年8月×日
 富山で下車して、富山城あたりを散策した。白鳥が泳いでいるのを長く見ていたり、城址公園の動物に目をみはったりした。
 それから岐阜・高山に行く電車に乗った。トンネルがいくつもいくつも電車を襲い、カビ臭い匂いを、窓を開けている僕に向かって、連続攻撃するかのようにぶつけてきた。
 普通電車だったので、駅などに到着すると、ぐずるかのようになかなか出発しなかった。そういうとき、乗客はプラットフォームに出て、パイプから飲料用に出ている水に我を忘れていた。その水が山の澄んだ空気の中できらきらして美しかった。
 飛騨高山に降りたのであったが、ひどい混雑であった。電話をしても、旅館を求めて歩いても、どこも「あいすみません」であった。
 仕方なく野宿を決め込み、市街から遠去かり、郊外に向かってどんどん歩いた。それでも未練があって、目に付いた若者の宿とかなんとかへ行ってみたが、どこもかしかも予約制で『満員御礼』であった。宿を確保した若者がはしゃいでいるのを見て、癪にさわる気持ちが頭をもたげた。と同時に、予約という『安全』な手法を選択することを放擲した罰を甘んじて受けとめる気持ちにもなった。今ごろバッグを担いで歩き回っている僕をみとめて嗤っている奴を背中で感じ取って、もう頭に来たから「寝よ」と思っていた。
 それから少しばかり歩いたところの丘のようなところに上がり、寝袋を取り出し、横になった。横になったら、どういうわけか、空だけが視界を埋め尽くした。暮れゆこうとしていた。空の表情がつぶさにわかった。
 そのうちに真っ暗になった。いや、あともう力弱いひと吹きで真っ暗になるというようなところであった。真っ暗のような感じなのに、どこかまだ仄かに明るかった。いろんなことを思い描いているうちに、雨が頬を濡らしたように思えた。錯覚がどうかわからないほど、間隔を置いていた。
 空にくらげのような光が、横になっている僕の頭の方から足先の方へ流れていった。おぼろげな大きい光であるが、生き物のように曲がりくねって流れてゆく。それが一定の感覚をあけて次から次へと起こるのであった。まさかと思っていたが、それは止まなかった。だんだんそのおぼろげな光が光度を増してくるように感じられた。
 僕は気味悪くなった。けれど一生懸命に冷静になって理解しようとした。そして、雷だと思いついた。雨がポツポツしていたせいもあって、僕は引き払おうと決心して寝袋を畳んでいると、恐ろしさがやっと本気になり出した。雷が怖いのか、くらげのような宇宙物体らしきものが怖いのか、わからなかったが、僕の頬はひきつり出した。そして、この丘陵地帯から降りる道を記憶の中で辿っていたのだが、見も知らない初めての場所で夜になったせいか、皆目わからなかった。
 慌てた。恐怖が限度に来ていた。暗闇だけで、なんの手掛かりもない。這い上がってきたときは、畑を手入れしていた人の姿を二、三人みたのであるが、その人たちが消えてしまったように思えた。でなかったら、どこから、いつのまに………。
 僕は最初は畝と畝の間を走っていたが、遠くの下の方で(眼下は幹線道路)音もなしにヘッドライトだけが行進していくのを見て、とてつもなく恐ろしくなり、自分を麻痺させるかのようにおかまいなしに走った。奥の方に走れば川の流れる音が聞こえ、引き返せば断崖ばかりであった。もう選ぶことも出来ず、バッグを下の方に放り投げると、断崖を滑り降りることにした。スピードを殺すために草を摑んで滑り降りた。手ごたえがあった。足がやっと小道に着地するかしないかのうちに、僕は一気にその小道を駈け下りて国道に出た。ビニール草履を履いていたので、草履では鼻緒がもつはずもなく、見事に右足の方が切れていた。ズボンも足も泥の感触が確かにあった。
 僕はもう恐怖におののいていた。国道に出て、来た車を止め、乗せてもらった。というよりも、僕はその車が止まってくれたとき、不思議な気持ちがした。
 その車は軽自動車で、若い夫婦が乗っていて、女の人の説明では、結婚式の帰りということだった。男の人も優しそうだったが、他の車にすればと言った。たしかに後ろの座席は祝い物かなにかの荷物が一杯で、とても人を乗せる余裕はなかった。そこを女の人が車から降り荷物を片側に寄せ、なんとか人一人分が乗るスペースを拵えてくれた。「狭いのは我慢してね」と言った。僕は不自然な格好でその車の後部座席に収まったとき、ほんとに安堵を感じた。人がこれほど懐かしいと感じたこともなかった。僕の身体はまだ鳥肌が立っていた。
 僕は結局、その人たちの名を訊くことはなかった。ただ駅に着き、車から降ろしてもらったとき、心を込めてお礼を言っただけである。
 そして、畑を荒らした人たちに、お詫びをする機会をもつこともなかった。
 駅で寝て、次の朝、また電車に乗ったとき、やっぱり僕は爽快でいられなかった。
【浅草】墨田川と空


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