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鱗燦堂
ブログ
2021年11月07日 [鱗燦堂]

記憶の独り歩き

勤務している公共施設を出ると、空はもう深い群青色。ここからバスに乗って帰る。バスは始発。人もあまり乗って来ない。出発するまでの間、静かな車内で窓の外をみつめる。どこかで見たような暗闇。明かりを見つけると、とても懐かしいような気分に襲われる、どこかで見た暗闇。やがて出発の時間が来たのかバスが目覚めたように、動きだす。バスの大きなヘッドライトが行き先を照らす。暗い夜道がヘッドライトに照らされる。どこかで見た闇。そうだ、母におぶわれて、母の背中越しに見た暗闇だ。いや、幼い僕は、くたびれながらも歩いていたかもしれない。それは親戚の家を出て、駅に向かって長い道のりを歩いていたときに見た暗闇そのものだ。出逢う人とていない。暗い夜道が続いているだけである。やがて、背後から客車の明かりを見せびらかすように列車が近づいて来る。母は急ぎ足になり、僕を急かす。その列車に乗り遅れると、次はなかなか来ない電車を待つことになる。母は急かす。けれども僕はこれ以上走れない。列車は大きな音を響かせてもっと近づき、やがて追い越していく。駅はもうすぐである。だって、暗闇しかなかった田舎道から
少し明かりが見え出した町がそこにあるから。僕は母とどんな会話を交わしたのだろう。僕たちはたぶん列車に乗り遅れ、駅の待合室でとてつもなく長い時間を送ったのだろう。ひょっとして僕は、怨むつもりで闇を睨んでいたのだろうかーーーーー長い時間が過ぎた。おびただしいほどの長い時間が過ぎた。バスの中の僕は、どこかで見た暗闇を、飴玉をしゃぶるようにとても愛おしく眺めている。
暮れる11月の空


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