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鱗燦堂
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2018年10月29日 [鱗燦堂]

『灰とダイヤモンド』そのみずみずしさ永遠に。

 近くの複合施設でぶらぶらしていると、なんと『灰とダイヤモンド』の映画を上映するというではないか。喫茶店に入って書き物でもしようかという予定を取りやめて、映画を見ることに。果たして、それを優先させることに一抹の不安はある。66歳になった今、青春真っ盛りの時に見て感動したその映画を見てよいものかどうかと。感じ方、受け取り方も違っており、果たして今の僕がそれを見てよいものやらどうやら、不安も些少はある。しかし、この映画を見るチャンスが今、目の前にあるなら、やはり全身全霊でそのチャンスに感謝しよう。よくぞ、まぁ、この年齢でまためぐり会えることに、まずは心から感謝。
 高田馬場の小劇場で初めてこの映画を見たときは、衝撃を受けた。二十代前半ではなかったろうか。もう一度どこかで見たような気もするが、今回見て記憶違いのところが何か所かあったので、二回目を見たときにそれが修正されていないことを思うと、これが二回目なのかも知れない。よくわからない。
 さすがにいい。再度見て、一番気に入ったのは、「三十分だけ時間が欲しい」と主人公のマチェック(チブルスキー)が彼女に言って、彼女が了解し、雨の中を屋外に飛び出し、廃墟のような教会に出くわすところ。彼女が教会で墓標があると言い、そこで壁に刻まれた詩を読み拾う。灰とダイヤモンドの真骨頂。すべては灰じんに帰し、灰を吹き払うと、そこにはダイヤモンドだけが残ると。主人公のチブルスキーは、「ダイヤモンドは君だ」と、彼女に告げる。その彼女のヒールが廃墟の教会で傷むところがいい。教会のハンドベルのようなものを取り上げて、チブルスキーはヒールを修理する。
 黄金の時間は瞬く間に過ぎ、放したくない彼女を職場(ホテルのカウンターバー)に送り届けると、チブルスキーは手持ち無沙汰になる。ホテルの裏口はレストランの厨房で配膳準備のためか喧騒が渦巻いている。彼女はそこを通り抜ける。チブルスキーは甘い時間の余韻を楽しむように、その裏口で立ち止まっている。そこになぜか白い馬が近寄ってくる。
 そして、もう一つ。重要な役どころとなる党副委員長?の要職にある人物の17歳の息子が、敵方の武装集団に所属し、捕らわれる。その訊問を受けているとき、卓上ランプのそばで、白い蛾がバタバタと羽音を唸らせている。蛾は姿を見せない。うるさい羽音だけである。
 何一つ無駄のない、完璧な映画である。
 いろんなところで思い違い、記憶違いをしていた。そこのところがおもしろい。若い時にこの映画を見た僕は、必要なところだけをチョイスしていたのだ。要職にある人物が暗殺されたときの、ぬかるみに映る花火。彼女と情熱の時間を過ごすチブルスキー、その空気は煙草の紫煙で澱んでいるとばかり思っていた。記憶では、どんちゃか騒ぎが終わった後のおびただしい疲労と煙草の煙が充満した澱んだ空気が融け合い、そこに朝の光が差し込んでくると思っていた。(写真:本文とは関係なし。渋谷・マークシティから道玄坂へ。建築デザインの青が無機質でいい。まるでダイヤモンドの無機質と交差点の空の有機質)

渋谷・マークシティより道玄坂を望む


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