著者プロフィール|谷重岳路の本(電子書籍等)の販売PRを行う鱗燦堂です

鱗燦堂

著者プロフィール

著者プロフィール

●兵庫県西脇市出身●1952年4月生まれ
●高校卒業後、恩師より紹介を受けた大阪・堺市の船舶用電線製造会社に就職する。かたわら近畿大学の夜間部で学ぶ。その後、奈良・大和高田の人形店で勤務後、上京する。上京後、原稿を携えて「井伏鱒二」宅などを訪問する。「井伏鱒二」氏や「吉行淳之介」氏より返信をいただく。井伏鱒二先生からは「良い学生になりなさい。もしくは良い社会人になりなさい。わたしは明日からは○×に行きます」という内容。吉行淳之介先生からは「甘ったれるのもいい加減になさい。私に対してという意味ではありません」というお叱りの内容。
上京後は青山のレストランや六本木・青山の洋菓子店で勤務する。洋菓子店でパリに行く機会を得る。そこで出会ったOBは絵描きを目指してパリに渡り、日本人相手の観光ガイドで生計を立てながら好きな絵を描いているという。そのOBがぼそっと呟く。「結局、人間は、どういう形であれ、やりたいと思っていた職業につけるんだな」と。
それほど裕福そうにみえず、幸福でも不幸でもなさそうなOBが呟くその言葉に触発され、約6年間勤務した洋菓子店を退職し、書く仕事を希望して、農業業界紙を発行する小さな新聞社に入社する。
以降、13年間、イベントの運営や取材で全国各地を飛び回る。イベントはもっと大きな規模のものを仕切りたいと思うようになり、広告会社に入社する。その後、人材ビジネスを行う会社で多くの方の就職を支援する業務に従事する。多くの方とお会いし、その方の『人生』を追体験していく。まるで、人生のエキスを毎日味あわせていただいているようで、そのめぐりあわせに感謝、感謝。総じて、満足。いまは念願の著作本のPRに奔走中。

近刊の予定

キミよ、孔雀のように美しくあれ! 【表紙は仮】
【価格未定】
(あらすじ)
 人材ビジネス業を営む茨木葉二の元に、初老の男が行方不明の娘の足取りを追って訪ねて来た。娘の名は「オースティン志乃」。『南総里見八犬伝』の主人公の一人の名を取って、強い子に育つようにとの願いが込められている。「オースティン」という外国名に不思議さを感じたが、祖父がオーストラリアから来た冒険家で、小笠原をひどく気に入って住み着いたらしいことを「オースティン志乃」からすでに聞いている。
 茨木葉二は「オースティン志乃」が仕事の紹介を受けるためにやって来たときの会話を想い起し、劇団に所属していたことに気付く。恵比寿にある劇団に所属していた可能性をさぐり、劇団の主催者を訪ねる。そこでは「オースティン志乃」が劇団仲間から「ヒミコ」と呼ばれていたことを知る。その劇団の主催者から、「ヒミコはここにはもういません。鬼ヶ島に鬼退治に行きました」と告げられる。鬼ヶ島?鬼退治?謎の言葉を脳裡で反復しながら、茨木葉二の「ヒミコ」探しが始まる。
 鳥取県と岡山県の県境に、「智頭」という町がある。そこで劇団の小グループが実験的な生活を送っている。『共同幻想』の思想に基づき、コンミューンを形成している。しかし、仲間同士のいさかいも起こり、しかも資金は底を尽き、今にも破綻しかけている。「ヒミコ」は劇団本部にその破綻が影響しないように、みずから進んで話し合いに出掛けていたのだ。
やっと「ヒミコ」に辿り着いた茨木葉二は、「ヒミコ」と岡山の鬼ノ城で会う約束を取り付ける。鬼ノ城の山頂で二人は会う。「ヒミコ」の一途さに暗い影の予兆を感じながら茨木はヒミコの父親からの伝言を話し、その場をあとにする。
 劇団の小グループのリーダーが起死回生の手段として、「マレーシアの大富豪が日本の美術工芸品に強い関心を持ち、いくらの値段がつこうとも買う」という話を持ち込んでくる。つまり、小グループがその美術工芸品を奪い、そのマレーシアの大富豪に売りつけて財政の危機を回避しようという話である。ヒミコはその話の真偽を確かめるために、小グループのリーダーたち仲間と共に、マレーシア・ペナン島に飛ぶ。そこで、マレーシアの大富豪が手に入れたがっている日本の美術工芸品が『更紗蒔絵十字架』であることを知る。北陸・金沢の美術館所蔵の一品である。ここから物語は金沢へ。

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